Club THALI

about『thali』

 『thali(ターリー、またはタリー)』とはインドの定食を意味しています。これを屋号にしようと決めたのは今から11年前(1998年)のことでした。その頃、日本のインド料理店でたまに見ることはありましたが、今ほど目立った感じではなく、どちらかというと控えめでした。フリーライターでもある僕はインド人やパキスタン人に会うたびに尋ねまわったものです。なぜ、thaliをもっと前面にださないのか。なぜもっと日本的アレンジをしないのか、と。すると皆こう口を揃えたものです。「これはインド人用ネ」。

 ある頃からインド料理店には全国レベルの強力なネットワークがあることを知ります。その後、彼らとの親交が一気に深まると同時に、彼らの日本観もひしひしとわかってきました。日本人のことを一時期「シャチョーさん」と呼んでいたことも、ステンレスではなくシルバーや金メッキの大きな器を使いたがる理由も、また皆が皆タンドール料理と生クリーム山盛りのグレイビー系カレーばかりをやりたがるのも、すべて理解が出来ました。一言で言うと「日本人はリッチだから」。ようするに素朴な料理の盛合せ、いわゆる日本の定食と同格の『thali』なんぞは日本人が喜ぶはずはないということです。どれだけ格好つけたって、日本人は実のところ焼きサバ定食やだし巻き定食のことが好きでしょうがないはず。いくらそう言っても彼らは信じてくれませんでした。

 松阪時代、常連客の一人にインド・ケララ州出身のM君がいました。彼は日本では珍しいタミル系民族のヒンディ教徒です。一応はチキンとマトン、玉子はOKといったルールの持ち主なのですが、やはり好物の豆類や野菜類にどうしても偏っていきます。我が店は一日せいぜい20人ほどの来客しかありませんし土地柄もあってとにかく常連客ばかり。よってコミュニケーションをとるかのように料理は一人一人に対し味も形も変えていたのです。

 店はなぜかいろんな国の常連客で埋め尽くされていましたが、特にM君は好みがうるさい男でした。そんなM君を通して我が店の定食はいつのまにか、インドそのままの味と僕の創作のコラボが常識化していったのです。気がつけば、他のインド人からは「故郷のロードサイドレストランの味」と懐かしがられたり、インド通からは「このままインドで出店するべき」などと誉めていただいたり。『thali』というインドの日常的定食スタイルは日本でもじゅうぶんに通じる。いや、日本人にとっては新しい興味深い分野になるはず。さらに、インド人にも想像のつかない味を生み出すチャンスにもなると。

 おかげで多くの客に喜んでいただき、時に売り切れる日もありました。とてもありがたいことです。ですが、しばらく後、『thali』に対する考え方に少し変化が生まれだしました。それは日本在住歴10余年のスリランカ常連客が言った言葉がきっかけです。「結婚した女がもつ首飾りのようなものも thali って言うんだ。それは一生添い遂げるという決意を表すもの。だから thali ってとても幸せな言葉なんだよ。なに、知らなかったの? わかっていてその店名にしたとばっかり思っていたよ」。

 誰よりも知ってる、誰よりもわかってる、何よりもうまい。そんな競争原理主義を根底とした情報の嵐に飲み込まれつつあった自分に、神の声とでもいいたくなるような穏やかで慈しみのある言葉でした。そうか、味を知らしめるのではななく、愛の輪っかのように幸せを感じてもらうような店じゃないとダメだな、と思った次第です。

 再び店をスタートできるのはいつのことか。それはまだわかりませんが、形は何であれ、イズムは『thali』のまま一切の揺るぎもありません。また、そのうちどこかで皆様とお会いできることを心より楽しみにしております。

THALI店主拝

process『thali』

1980~
修行先の大衆中華料理店でスパイスと調味料の関係に興味を持ち、やがて「カレー粉とは何か」が知りたくて各店各地へ聞き込みと素材物 色。タイ産の各種スパイスミックスを頼りに初のカレー完全手作りに挑戦。後、プロ育成料理学校にて中華、イタリアン、フレンチ各方向 からスパイス世界を探求。
1988~
スポーツクラブでカフェラウンジを運営。独自のヘルシー料理を展開。レシピ250種以上作成。
1991~(1994年経営譲渡)
大阪に『P・AGE・BAR』を開店。各方面からスパイス料理開発の依頼を受ける。スパイスの独自配合、石臼手挽きのカレー を開発しランチにて試業も。レシピ200種以上作成。
1998~2001年
松阪に『Thali』を開店。調味料・ブイヨン無しのスパイス料理を展開。1200種以上の独自のスパイス料理をレシピ化。
2007~
大阪でスパイス料理研究所『club-THALI』を主宰。レシピ約350種以上作成。
2008~
現在レストラン営業は停止しており、執筆活動をはじめ、出張料理やスパイスブレンドなどを展開中。